ハサミの切れ味とは

ハサミの切れ味とは、具体的にどのような事なのか?
面白い、論文を見つけたので興味の有る方は読んでみて!!

早稲田大学大学院理工学研究科 博士論文概要
理美容鋏の切断特性と切れ味の定量的評価に関する研究 より抜粋

鋏の歴史を遡ると,B.C.1300~600頃のバビロニアにまで及ぶ.このように,2500年以上の長い歴史を持つ鋏であるが,その形状は発明当事からほとんど変化していない.つまり,鋏は長い年月の間,生活の中に当然そうあるべきものとして,シンプルな同じ形状のまま存在している完成された道具であるといえる.
このように鋏は我々の日常生活に溶け込んでいるのにもかかわらず,これに関する研究は驚くほど少ない.
数少ない鋏の切れ味に関する研究を分類してみると,主に地域の特産品としての鋏の振興を目的として行うものと,裁ち鋏の切れ味や使いやすさに重点を置いて行われたものとに分けられる.
本研究はそういった従来の研究とは一線を画し,特に理美容鋏の切断の詳細な機構を解明することを基本として,これまで曖昧だった鋏の評価方法から脱却し,定量的な評価方法を確立することを目的として行われたものである.
本論文は1~7章と8章の結論からなる.1~7章の概要は以下の通りである.

1章 序論
本章においては鋏の歴史的成り立ちと,特に理美容鋏の日本での歴史的推移及び,現在一般的に使用されている理美容鋏の種類やその材質に関する事柄が説明される.また,従来の研究として鋏及び,鋏以外の手動利器や理美容鋏の切断対象である毛髪に関する研究の内容についての説明がなされ,本研究との相違点や本研究の位置付けが記述される.

2章 刃先端の状態の定量的測定
鋏の刃先端は非常に鋭利であり,同時に三次元的なカーブを描いている.従って,その粗さを一般的な粗さ計などで測定することは難しい.従来は光学顕微鏡により拡大された刃先端部の写真を撮影し,その写真を元に粗さを特定していたが,この作業には非常な労力がかかり,また撮影時の光線の状態が粗さの測定値に影響を与えてしまうという問題点があった.この様な理由から,刃先端の粗さを実際に測定したという報告は数えるほどしかない.
しかし,刃先端の粗さは,鋏の切断を理解する上で重要な要素であることが容易に想像でき,パラメータの一つとして常時測定されることが好ましい.
こういった現状に対して,先端を研削したカッタ刃を利用した粗さの測定方法を提案した.本方法を用いることで,測定時間と測定精度の向上が可能となった.
一方,刃先端の丸みに関しても,その切断に与える影響が大きいものと考え,手鉋の過去の研究例に倣い,測定方法を確立した.

3章 切断荷重に関する研究
毛髪を様々な方法で切断し,その切断面を観察した.剃刀を用いた場合にはその切断面は平滑な面で構成され,研削して仕上げた角部が90度のブロックで切断した場合には,切断面全体がザラザラの非平滑面で構成さていた.これらに対して理美容鋏での切断面は,中央部に帯状の非平滑面が,その両側に挟み込むように平滑面が存在することが分かった.
切断面がこの様な形態をとる理由を考えるために鋏のいくつかのパラメータを変化させて,その切断荷重に与える影響を調査した.その結果,刃角度・空切り荷重・刃先端Rを変化させたときに荷重の変化が大きかった.
これらの現象から考え合わせて,毛髪の切断は非平滑部の引張りによって完了し,その引張り破断荷重が切断荷重と一致することを確認した.
また,理美容鋏による切断時のクリアランスの測定を行い,理美容鋏の切断では切断過程においてクリアランスが変化しながら切断が進行することが分かった.

4章 切る感触に関する研究
理美容鋏のユーザである理美容師たちは,切断した際の感触を「硬い」・「柔い」と表現する.官能試験を行った結果から,切断荷重の差が小さくなってくると,必ずしも切断荷重が小さな場合に官能切れ味がよくなる訳ではない事が分かり,何らかの別の要因が存在することが想像された.
そこで,切れ味が硬いとされる条件と柔いとされる条件において,高速度カメラによる切断状態の観察を行い比較した結果,切れ味が「硬い」とされる条件では,鋏全体が切断時に振動を生じていることが分かった.この振動は,プレス機械のブレークスル現象と同様,切断抵抗によって鋏に生じた歪が切断完了の際に一気に解放されることにより,発生するものであった.
四種類の形状の異なる鋏を用いて,切断時に発生する振動の最大振幅と官能切れ味とを比較した結果,両者には対応関係があることが分かった.

5章 空切り荷重に関する研究
鋏の開閉感はユーザである理美容師が購入の判断を下す上での非常に重要な情報である.そこで鋏の空切り開閉荷重を計算によって求める方法を検討した.
鋏の空切り開閉荷重は,刃線上の交点での刃と刃とが押付けあう力,触点での刃と刃とが押付けあう力,及び鋏の自重からなるものと考えて式を構築した.
但しこの時,刃と刃とが押付けあう力に関しては,刃面に貼り付けた歪ゲージの出力から実験的に求めた値を使用することとした.
その結果,12種類の条件においてR2の平均が0.88という高い相関が得られた.

6章 被切断物の切断面の品質に関する研究
毛髪は外周部を覆うキューティクルが内部を構成するメデュラ,コルテックスの水分蒸発を防ぐことでその健康を保っているとされる.そこで,毛髪端部の切断面の状態が毛髪内部の水分蒸発に対してどの程度の影響を与えているのかを調査した.
まず,理美容鋏で切断した毛髪の切断面と,切断面が全て非平滑部になるように切断した毛髪の切断面を,ヘアドライヤの一般的温度である125℃にて一時間加熱し,その状態の変化を観察した.その結果,非平滑部では平滑部よりも水分蒸発が激しいことを確認した.
その結果を踏まえて,鋏の各種のパラメータが切断面の非平滑部の面積比に与える影響を調査するために,3章にて使用したものとほぼ同様のサンプルを使用して毛髪切断時の非平滑部の面積比を比較した.その結果,特に刃先端Rを大きくした場合に非平滑部の面積比が著しく上昇することを確認した.
次に,こういった切断面の状態が実際に枝毛等のダメージヘアの原因となりうるかを調査した.四人の人間に協力してもらい,異なる刃先端Rの鋏で同時に切った毛髪が,日常生活を二ヶ月間過ごした後,どのような状態になるかを調査した.その結果,刃先端Rの小さな鋏(0.5μm)で切断した場合には,二ヵ月後にも枝毛が観察されなかったのに対して,刃先端Rが大きな鋏(6.0μm)で切断した場合には最大約40%の枝毛が発生してしまった場合があった.

7章 刃先端の耐久性に関する研究
刃先端の粗さRz,Ra,および刃先端Rが大きくなると官能切れ味が低下することが,官能試験の結果から分かった.こういった粗さやR寸法がどのような要因に支配されて変化してゆくのかを調査した.
まず,Rzについては,単純に開閉を繰り返しただけではその値が,実際に使用した場合ほどには大きくならなかったことから,毛髪を切断する際に異物を噛み込んだり,無理な力が刃にかかるような場合に増大することが推定された.このことからRzの増大は外力に対して強い,硬度の高い材質の方が防ぐことができることが分かった.
次に,Raについては発生する摩耗粉の大きさを調査したところ,Raの値にほぼ対応していることから,摩耗粉の大きさが値を決めることが分かった.ステンレス製の鋏とコバルト基合金製の鋏とを比較したところ,コバルト基合金製の鋏の方が摩耗粉が小さく,Raも小さくなったがこの理由としては,ステンレス製の鋏よりもCrの含有量が多く,表面を覆う酸化膜の強度が強いために,ステンレス製の鋏ではシビア摩耗状態となってしまうのに対して,コバルト基合金製の鋏ではそれが防がれていることが分かった.
最後に刃先端Rについては,単純に開閉を繰り返しただけでは刃と刃との接触面だけが摩耗するためにRは小さくなることから,絶対量としての磨耗量が影響するものと考え,ピンオンディスク試験での摩耗量と比較しこれを確認した.

ようするに、切った時にハサミが”たわむ”と切れ味が悪く感じるらしい。

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